Home > 2007年以前の卒業生 > | 先輩受講生情報 > 2006年起業塾生の堀口さん。朝日新聞の情報誌「おはようアサヒ」に掲載されました。

2006年起業塾生の堀口さん。朝日新聞の情報誌「おはようアサヒ」に掲載されました。

山口商工会議所 木下です。

2006年起業塾生の ㈱マイスペースの堀口公明さん。
朝日新聞山口県特集の「おはようアサヒ」に掲載されました。

s-2009.12.22-6.jpg








堀口さんは
ご夫妻で、山口商工会議所「起業カレッジ」を受講された方なんで
また、あんくる(アントレプレナーサークル)の運営委員でもあるんです!Wink

◇企業概要
企業名 株式会社マイスペース
代表者 堀口公明 氏
業 種 不動産業
住 所 山口県周南市岐南町2−13 STビル 1F
TEL  0834-22-4000

☆~転機はベトナムでの一人の日本人との出会い~☆

会社員として安定した生活を送っていた堀口公明さんは、4年前に周南市で不動産業を独立開業。20代の頃から旅行が好きで、休みを利用してはリュックをしょって、海外、特に途上国や奥地を旅してきた。転機となったのは、ベトナムでの一人の日本人との出会い。当時40代のその人は、会社を辞めベトナムで日本食堂を営んでいたが、日本の自宅を貸家にして、その家賃収入は手つかずのまま貯金していた。その額はかつての会社の同僚よりはるかに多かったという。「うーん、その手があったのか」。堀口さんは自分のライフスタイルを見つめ直し、不動産に興味を持ち、そして心に決めた。いつかは自分もサラリーマン生活をドロップアウトして不動産収入で糧を得たいと。

◇そして、不動産を購入することを思いつかれて?
身を粉にしてバイトまでして自己資金を貯めて、数年後に投資目的で福岡のマンションを購入しました。一戸購入して、家賃収入が得られるようになると二戸、三戸と購入しました。三戸目までは銀行も相手にしてくれなかったので自己資金を貯めるほかはなかったですね。家賃収入の実績ができると、当初は渋っていた銀行もとんとんと融資してくれるようになりました。そして毎年数を増やし30代後半には家賃収入が給料より多くなりました。

◇その時に会社を辞めようとは思わなかったのですか?
いやぁ、度胸がなくてなかなか辞められなかったですね。やめて独立したい気持ちはあっても日本の社会の枠からはみでることが不安で、経済的な裏づけはあるのに辞めることに大きなためらいがありました。辞める恐怖と辞めずに後悔する恐怖との狭間で悩みながらも、会社という組織の傘下にいるということで安心していたんでしょうね。

◇そういう堀口さんが思い切って辞めたきっかけは?
直接のきっかけは、妻のお母さんが亡くなったことです。義母は常々「やりたいことをやって後悔しない人生を送りなさい」と言っていました。私が優柔不断でいるうちに亡くなってしまったので申し訳ないと思い、義母が亡くなった2~3日後に会社に退職届を出しました。

◇それが5年前の41歳の時。以後、事業は順調ですか?
赤字を出さないのが目標なので、今のところ順調にきています。しかし、サラリーマンの方が楽でしたね(笑)。起業したらもっと自由になって、好きな旅行にも度々行けると思ってたけど、とんでもない(笑)。最初はサラリーマン時代より働きづめでした。最近になってようやく余裕ができて、妻と小旅行に行けるようになりました。でも、起業して後悔していません。あのまま辞めずにいたらもっと後悔しているでしょう。今は、もう10年早く起業すれば良かったと思っています。時期を逸してはいけませんね。

◇堀口さんの不動産業は他社とちょっと違う、ということですが?
当社が他社と違う点は、不動産のプロデュースをする、ということです。例えば狭小地や建物の可能な限りの有効利用を考えて提案します。誰もが一戸しか建たないと思っていた土地に二戸建てることができ、駐車場4台分まで作ったという例が多くあり、施主さんに喜ばれています。モットーはお客様の幸せ。お客様ありきです。

◇今後の夢は?
早く、社長不在でも会社が回るようにして長期の旅行に行きたいですね。この事業の後継者も育てていきたいです。

頑張れ!先輩起業家!Smile

コメント:0

コメント投稿フォーム

リンク集
Feed

このページの先頭へ